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UTSの海外研修留学について―教育者の立場から

教育の仕上げとしてのグランド・ツアー

欧米では元来、古代ギリシャの時代から、教育に関する理念と実践の長い歴史を経てきました。全容をここで述べる紙面はありませんが、特筆すべき事柄として、英国のルネサンス期、すなわち、エリザベス一世の頃から、史書、伝記、紀行文、日記記録文に“Grand Tour”という語が、頻繁に出てくるのに気付きます。

Oxford辞典ではこれを“A tour of the principal cities and places of Europe formerly supposed to be necessary to complete the education of young men of position”と定義し、英和辞典では、「昔、英国で上流家庭の子弟にその教育の仕上げとして行わせた欧州大陸巡遊旅行」と訳しています。この実践は18世紀の英国でそのピークに達しました。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学と同時に隆盛であったスコットランドのエジンバラ大学やグラスゴー大学などを16才から18才位で終えた貴族や上流の子弟が、ヨーロッパに遊学し、地中海の岸辺に立ち、イタリアの文芸の遺跡を訪ね、外国語を習得し、宮廷、法廷などの作法を身につけることが、教育の仕上げと理解されていたのです。旅行を教育の一つの型として見なす考えは、ヨーロッパの学問所、すなわち大学の発達と軌を一つにするものです。旅は開かれた書籍であって、古代より「偉人とは旅をしたことのある人々であった」という旨の引用が、14/15世紀の頃の欧州の学者達の書にしばしば見られます。

旅の範囲が拡大し、手段も少しずつ容易になるにつれて、旅行者の行先も目的も、いろいろに変化しました。この変遷については、他日述べることにして、今日でもアメリカの大学で、制度的に“Junior / Senior Year Abroad”(大学二年生、三年生の海外研修)が確立しているところが多く、外国語、外国文学、その他国際関連の学問を行う学生は、2/3年生の時に関係の外国に留学し、単位をふり変えて進級できることになっていますが、これこそ正しく近世初期の“Grand Tour”の正当な後継であるといえます。
 
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